富岡製糸場(とみおかせいしじょう)は明治5年(1872年)に操業を開始した官営工場に端を発する日本で最初の製糸工場である。明治政府の富国強兵政策に基づき現在の富岡市に富岡製糸場と呼ばれる官営工場が建設され、江戸時代の鎖国により世界各国から産業技術レベルが大きく劣っていた時代の近代化に富岡製糸場は大きく貢献した。当時の日本で外国に輸出できる製品として生糸を代表する殖産に白羽の矢が立ち、富岡製糸場は最新式製糸器械を備えた模範工場として運営された。当時は数100人の婦女が工場で仕事をしていた。建物はポール・ブリューナー及びバスチャンらによって設計された。
その後、官営工場としての役割を終え、1893年には三井に工場が払い下げられ、1937年に片倉工業㈱の所有となった。1987年に創業を停止するまでの100年以上の間、富岡製糸場は工場として稼動していた。
富岡製糸場はただ単に日本国内に対しての経済的な効果だけでなく、生糸や絹の輸出を通して世界各地に与えた産業的影響が大きいことなどから、2005年旧富岡製糸場が国の史跡に指定、2007年世界遺産の暫定リストに登録され、2012年世界遺産に推薦することが文化庁文化審議会により決定された。