2007年「富岡製糸場と絹産業遺産群」として、日本の世界遺産暫定リストに加えられた。2012年、文化庁文化審議会世界文化遺産特別委員会において、「富岡製糸場と絹産業遺産群」を世界遺産へ推薦することが決まった。
世界遺産の範囲
富岡製糸場
1872年に明治政府が設立した官営の器械製糸場である。1893年に三井家に払い下げられ、民営化された。1902年には横浜の生糸商原合名会社に渡り、1939年片倉製糸紡績会社(現片倉工業)の所有となった。富岡製糸場は1987年3月5日までの約115年間操業が続けられた。民営化後も一貫して製糸を行い、製糸技術開発の最先端として国内養蚕・製糸業を世界一に引き上げた。また、田島家、荒船風穴、高山社などと連携して、蚕の優良品種の開発と普及を主導した。和洋技術を混交した工場建築の代表であり、木骨レンガ造の繭倉庫や繰糸場などは長さ100mを超える。主要な施設が創業当時のまま、ほぼ完全に残されている。
田島弥平旧宅
田島弥平は通風を重視し、優良な蚕種を生産する飼育法「清涼育」を完成させた。同時に換気用のヤグラ(別名: 越屋根、天窓)付き総二階建ての養蚕建物も発案し、田島弥平旧宅は1863に建てた主屋兼蚕室である。さらに、当時の蚕室建物跡、桑置場、蚕種保管の種蔵などの遺構が残り、近代養蚕業の特徴を良く残している。
高山社跡
高山社跡は高山長五郎が設立した養蚕教育機関「高山社」の発祥の地である。高山長五郎は1883年通風と温度管理を調和させた蚕の飼育法飼育法「清温育」を確立した。1884年、養蚕教育機関である高山社が設立され、清温育を全国・海外に広めた。1891年に「清温育」に最適な構造の主屋兼蚕室が建設された。
荒船風穴
1905~1914年(1号風穴:1905年、2号風穴:1908年、3号風穴:1914年)に造られた岩の隙間から吹き出す冷風を利用した蚕種(蚕の卵)の貯蔵施設である。明治末期から大正にかけて、日本一の貯蔵能力を誇る蚕種貯蔵所として、全国の2府32県から蚕種を冷蔵していた。往時には荒船風穴に3基の貯蔵所があり、蚕種貯蔵能力は110万枚に及んだ。その後、電気による冷蔵が普及し、荒船風穴は1935年頃に役目を終えた。
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