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吉野ヶ里遺跡の歴史と写真集
特別史跡
歴史と見所
吉野ヶ里遺跡は紀元前3世紀から紀元後3世紀ごろにかけて反映したこの地方の国の遺構で、国の特別史跡に指定されている。吉野ヶ里遺跡の総面積は広く、未だに全体は解明されていないが、総面積約117haが史跡公園として現在は整備されている。1925年に松尾禎作らによって吉野ヶ里遺跡がはじめて学術雑誌に掲載され、注目をあびるようになった。弥生時代は日本で稲作の文化が始まったころで、縄文時代の狩猟を中心にした生活から稲作を中心にした定住生活へと移った時代でもある。吉野ヶ里遺跡はそのころの生活場所で、弥生時代中期には南の丘陵を一周する大きな外環壕が掘らた。さらに、首長を葬る墳丘墓をはじめとする甕棺墓地が多く発見されている。注目すべきはこの時期の遺構により、物見やぐらや二重の環濠がはりめぐらされているといったように防御が厳重になっていることがわかった。つまり、古代の城塞都市としての機能を持ち合わせていることを意味し、日本の城郭の始まりとして日本100名城に選出されている。
写真素材
入り口
南内郭の入り口付近にある逆茂木・乱杭
南内郭を守る物見櫓
高さ約12mの物見櫓
南内郭の中の集落
南内郭の物見櫓と竪穴住居
竪穴住居
中のムラ
中のムラの竪穴住居
北内郭の集落
高床倉庫と屋根倉
北内郭の外にある高床倉庫
中に入れる高床倉庫
北内郭を取り囲む環濠
甕棺墓列
手足を折り曲げていたとはいえ小さな土器
死者を入れる土器
北墳丘墓と甕棺墓列付近の祀堂
発見されたものだけでも2000基以上
吉野ヶ里遺跡
(特別史跡)
北墳丘墓と祀堂と支柱
北内郭の内部の堀
東祭殿
弥生時代の政の風景
弥生時代の祭事の風景
ひときわ大きい主祭壇
北内郭の内側から見た集落
遠くからでも良く目立つ物見櫓と主祭壇
北内郭は建物がよく復元されている
アクセスと旅行情報
拝観料・入場料・料金
無料
時間
終日
休み
なし
アクセス・行き方・交通
JR九州・長崎本線・神埼駅、吉野ヶ里公園駅より徒歩約15分
長崎自動車道・東脊振ICより385号線を南へ5
駐車場
あり
周辺地図・マップ
mapion
住所
佐賀県神埼市、神埼郡吉野ヶ里町
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