徳川家康が1601年に街道を整備と宿を制定したことで江戸時代の五街道が誕生した。五街道と言えば、東海道、中山道、甲州街道、日光街道、奥州街道である。どの道も江戸・日本橋を起点とする。四代将軍家綱によって、基幹街道として定められた。一定間隔ごとに宿場を配置するとともに、一里ごとに一里塚を配置した。一里塚は約4キロ間隔で、道を挟みこむように道の両側に配置された。江戸四宿は奥州街道・日光街道の千住宿、中山道の板橋宿、甲州街道の内藤新宿、東海道の品川宿を言う。
東海道は本州を太平洋沿岸沿いに江戸・日本橋と京・三条大橋を結ぶ53宿の街道である。途中7里程の海上ルートも存在する。関所は箱根と遠江国新居の2カ所に設置された。新居の関所の建物(面番所・書院・下改勝手・足軽勝手)は1855年に再建されたもので、唯一江戸時代の建物が現存する関所として敷地が国の
特別史跡に指定されている。当時は、現存する建物の他に、面番所・書院・番頭勝手・給人勝手・下改勝手・足軽勝手・女改め長屋などの施設があったとされる。また、東海道の宿場町は関宿が
重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。七里の渡しは宮宿と桑名宿間にあり、東海道で唯一の海上路になっていた。江戸・日本橋から京都・三条大橋までの距離は約492kmで、江戸時代は徒歩のみの場合13~15日程度で移動した。
中山道は群馬県、長野県を通り、江戸・日本橋と近江・草津宿を結ぶ67宿の街道である。東海道とは滋賀県・草津宿で合流する。関所は上野国碓氷、信濃国福島、信濃国贄川の3カ所に設置された。また、中山道の宿場町は比較的保存状態が良い場所があり、海野宿、奈良井宿、妻籠宿が
重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
甲州街道は山梨県を通り、江戸・日本橋と信濃国・下諏訪宿を結ぶ36宿の街道である。中山道とは長野県・下諏訪宿で合流する。関所は武蔵国と相模国間の小仏、甲斐国鶴瀬の2箇所に設置された。参勤交代で甲州街道を利用する大名は、通常、信濃高遠藩、高島藩、飯田藩のみだった。
日光道は埼玉県を通り、江戸・日本橋と下総国・日光坊中を結ぶ21宿の街道である。関所は当初は下総国・中田宿に、後年は川の対岸の下総国・栗橋宿に設置された。今市宿から日光坊中までの区間には日光杉並木街道附並木寄進碑として国の
特別史跡及び
特別天然記念物に指定された杉並木が現存する。
奥州道は江戸・日本橋と陸奥国・白河を結ぶ27宿の街道である。江戸から宇都宮宿までは奥州街道と共用しており、宇都宮宿の追分で日光街道と分岐する。白河宿からは仙台道、松前道と接続され、それぞれ仙台宿、函館宿まで続く。